ビスケのちょこっと日記 *英語と読書感想*

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【読書感想】 『君が香り、君が聴こえる』 小田 菜摘・作

【読書感想】

題名: 君が香り、君が聴こえる
作者: 小田 菜摘
発売日:2016年5月20日
出版レーベル: オレンジ文庫(集英社)

(注)作品のホームページや帯に書かれている内容以上のネタバレはありませんが、人物の性格や関係性を少々匂わせる程度の記述はあります。
完全にネタバレを避けたい人は回れ右でお願いします。

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 感想目次

 

1. 作品感想

恋愛小説で私が敬遠するのは、
「泣ける」とか「切ない」とかいうあおり文句だ。

この本の帯にも「こんなにせつない恋があるなんて」と書いてあった。
おそらくそういうものが人気なんだろう。
私としては、ハッピーエンドの方が好きだけれど。

あらすじはこちら。

事故で両目の視力を失った蒼。角膜移植さえすれば、見えるようになる――そう思うと、むしろ何事もやる気になれない。二年が経ち、高校もやめ、漠然とした不安のなかにいる蒼に声をかけてきたのは、友希という女子大生だった。

集英社オレンジ文庫・作品ページより引用)

 

平積みされたこの本を見たとき、帯に「せつない」とあるのを見て、一度は目をそらしたが、棚を眺めているとき、作者名で見つけて手に取った。

つまり、私がこの本に惹かれた理由は、作者さんのファンだからだ。
過去作を読んでいて、文章力は十分知っていたので、とりあえず冒頭だけ少し立ち読み。すると、もうどうにも読みたくなって購入。
この本の魅力は冒頭の数ページで十分感じられた。

 

冒頭では、主人公・蒼と ある少女の出会いが描かれる。
なんてことはない場面のはずなのに、
登場人物のちょっとした行動、その場に置かれた物や風景の描写から、彼らの性格や境遇がクリアに伝わってくる。
その巧みな描写だけで、買う価値あり!と思ったが、
ストーリーとしても、ちょっとした謎と、これから二人の関係性への期待が感じられて、続きが読みたくなるようになっている。

要は、一瞬で作品世界につり込まれてしまった。

 

作者さんの名前で本を手にとり、
冒頭の見事さでまんまと釣り針にひっかけられ、
レジに並ばされていたというわけだ。

主人公が男だというところも良かったのかもしれない。
女性作家が書く男主人公は純粋に描かれることが多いし、
ヒロインの心情はうかがい知れぬまま物語が進行していき、少しずつ彼女の謎がひもとかれていくというのは、物語としてもヒロインとしても魅力的だ。

 

物語全体を見ても、いくつかの事件が起こるバランスも良かったし、
登場人物達の思いが描かれるシーンも丁寧で良かった。

 

こんなに丁寧で心に残る恋愛小説を、久々に読んだ気がする。
文庫1冊で完結した話なので、筋自体はシンプルだった。
しかし一つ一つを丁寧に描いているので、特に主人公の行動や心情の変化は、心にくるものがある。

 

帯では切ない恋愛小説だということを売りにしているが、
私にとってのこの本の魅力は恋愛ではなかった。
主人公の人生に突然訪れた"視力喪失"という大きな変化をテーマとして、それに向き合おうともがく前半と、ヒロインとどのような関係性を築くかという問題に取り組む後半、主人公が自分なりの答えを見つけようとする姿をしっかりと書ききってくれたところが、この作品の価値あるところだと思う。私にとっては。
(いやきちんと恋愛小説だったけれども)

 

買って本当に良かった。

 

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2. 一般文芸とラノベの間で

正直なところ、ここ数年乱立した新レーベルの中で、あまりヒット作は見つけられていなかったのだが、今回の小田菜摘先生の作品は、オレンジ文庫で出して大正解だと思う。

ラノベ」の定義は難しいので割愛するけれど、
ここ数年、ラノベと一般文芸の隙間を埋めるようなレーベルが多く立ち上げられたと思う。

新レーベルが立ち上げられると、既成レーベルで活躍していた作家さんが新作を発売してくれるので、嬉しい。期待する。
しかし、その作品のカラーが変わっていることが多く、
そのカラーが好きかどうかは、まちまちだ。


勝手な感想を言ってしまうと、少女小説で活躍されていた作者さんが一般レーベルよりの新レーベルで作品を出されるとき、
「切ない」「悲しい」「美しい青春」とかいう方向性で出されるとちょっとがっかりしてしまう。
だって私の嗜好では、「切ない」は購買意欲をそそらないんだもの。
ハッピーエンド至上主義。

「切ない」「死や病」「想像しないどんでん返し」なんかの要素が、世間様にはうけるのかな。
もちろん小説なのだから、話の途中で何らかの苦難がないと盛り上がらないけれど、悲しいばっかりの話は個人的に苦手。

 

今作はそういう要素ではないところで魅力満点で、非常に満足だった。
こういうヒット作があると、新レーベルに手を出そうかなという気持ちになっちゃいますな。

 

そういえば、このタイトルは素敵だと思う。
作品の内容に正しく合っている。
そういう細部まで配慮が行き届いた丁寧な作品で、好き。

 

あっ、国語科の定期テスト作るときに教材に使わせていただきたいかも。
比喩や情景表現が豊かだし、生徒が興味を持って読書の幅が広がって良い感じかも。

話がそれた。
とにかく、本屋で良い出会いができて良かった。
良いご本でした。

 

以上、感想終わり。

 

orangebunko.shueisha.co.jp

 

以下は、作者さん語りと、自分のもう少しディープな感想です。

  

* * *

3. 作者さん語り

作者・小田菜摘さんの過去シリーズは、
『そして花嫁は恋を知る』シリーズと『革命は恋のはじまり』シリーズを途中まで読了。
(我が家の積ん読は多分100冊を軽く超えるので、いつか読みたいと思いつつストップしています……)

小田菜摘さんの過去シリーズでの印象は、
(1) 世界観がしっかりしている。
(2) 恋愛より、人物の人生観をメインに描いている。
という感じ。

 

(1)については、それぞれの小説で、普段ふれない世界の知識にふれられるところが魅力。
例えば国が女性教員を育成しようと考えた背景、教員を育成するための学校をどう作るか、という話を読むのは、ファンタジーとはいえ興味深くておもしろかった。
国を守るためにとる選択肢は戦争なのか同盟なのか、革命を起こす目的は王制廃止なのか統治者交代なのか。
小説で起こる大きな事件に巻き込まれた登場人物達の信念や行動がうすっぺらでないので、小田さんの小説はおもしろい。

 

(2)については、少女小説にしては恋愛描写が少ないかな、という感じ。
恋愛もしっかりあるんだけど、それよりメインは登場人物がどう苦難を乗り越えるか、というところにある印象。
『そして花嫁は~』シリーズは特にその印象が強かった。

恋愛描写はそう多くないんだけど、
ヒロインとヒーローがなぜ恋愛に落ちるかという描写がうまいというか、
ヒロインとヒーローの性格が、割れ鍋に綴じ蓋という感じで、お似合いの夫婦が歴代できあがっていくという。良いシリーズものだったなぁ。

 

ただ、『そして花嫁は~』シリーズは1冊完結だからなのか、ちょっと物足りない印象があった。
大きな事件が起こり、それを解決するために登場人物達が奮闘して、大団円となるのだが、出来事の描写が多く、各人物がどういう葛藤を抱え、どう乗り越えたのかという心情の描写をもうちょっと読みたいと感じた。

 

『革命は恋のはじまり』シリーズでは、それが改善されて、主人公があーだこーだ悩むのを追っていくのがおもしろかった。

いやー、しかしこの『君が香り、君が聴こえる』はもっと細やかで丁寧な描写となっていたけれど。
今作が一番好きかもしれない。小田さん作品の中で。

 

 

* * *

4. 個人の感傷的な感想


私にとってのこの本の魅力は何か。
それは、私の未知の世界を通して、
既視感がある痛みを感じたところだ。

この作品の主人公は、あらすじにある通り、視力を失った青年だ。
私は目が見えない世界を知らない。
どういったことに困難を感じ、
どのように乗り越えていくのか、想像もつかない。

 

ただ、私はどうしても自分を重ねて読んでしまったのは、
自分の病気があったからだろう。

 

数年前内蔵の病気にかかり、手術を2回した後、
ゆっくりと自分の体のエネルギーがなくなっていって、
今まで当たり前のようにできていたことができなくなっていった。

内蔵の一部が悪いので、食事がまったくできない。
他の部分は健康なので食欲は常にあり、食べたい気持ちを我慢するしかない。
数ヶ月絶食しても、食べないということに慣れることはない。
食事は毎日のことなのに、急に自分だけそのサイクルからはずされた。
他の人は当たり前のようにしていることが、自分だけできないということが、納得できない。

いつになれば元の体に戻るのか誰かに教えてほしかったが、答えを知っている人はいなかった。
ベッドの上で痛みがくるのをひたすら黙って耐えるだけで1日が終わっていって、それなのに世間は今まで通り回っているらしい。そのことが信じられなかった。

そういう日々が嘘のように、今ではうまく体と付き合うことができているが、
この本を読んだとき、あの、自分の人生がどうしようもない力によって変えられた瞬間のことを思い出した。

蒼とはまったく違う状況だけれど、
ふとした言葉に、自分のあの時間を思い出す。
あの日々は一体何だったのだろう。

確かにあのとき、自分の人生ががらりと変わったということはわかるのだけれど、
何をしていたか、記憶も曖昧なところが多い。
今の自分と過去の自分がつながっているという感覚が持てない。
立ち直っていないとかそういう暗い気持ちでいるわけではなく、
私にとって大きな出来事だったので、どの引き出しに片付ければいいか、わからないでいるというか。

仕事が人生のすべてだったので、辞めたということを認めきれず保留にしている自分がいる。のだと思う。
自分のことなのに、よくわかっていない。
そういう自分の気持ちをつついて揺り動かすことを、この本はしたと思う。

 

ま、そういう自分のことは抜きにしても、
この本は良いご本でした。

作者さま、イラストレーターさま、購買促進のため帯を作った方、出版社の方々、このご本出版に携わってくださった皆様、ありがとうございます。

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